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東京高等裁判所 昭和55年(う)151号 判決

控訴人 双方

被告人 星野富貴夫

弁護人 金沢清作

検察官 窪田四郎

主文

原判決を破棄する。

被告人を判示第一および第二の(一)の(1) ないし(4) の(イ)の各罪につき懲役三年に、判示第二の(一)の(4) の(ロ)ないし(三)の各罪につき懲役一八年および罰金五〇〇万円にそれぞれ処する。

原審における未決勾留日数中七〇〇日を右懲役一八年の刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

別紙記載の物件を没収する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人金澤清作成名義の控訴趣意書(二通)および東京高等検察庁検察官廣畠速登提出にかかる宇都宮地方検察庁足利支部検察官手塚元一作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、右各控訴の趣意に対する答弁は、弁護人金澤清作成名義の答弁書および東京高等検察庁検察官廣畠速登作成名義の意見要旨(昭和五五年一〇月一五日付)に記載されたとおりであるから、これらを引用する。なお、弁護人は、当審第一回公判期日において、同弁護人作成名義の控訴趣意書中、第二の二の4の訴因不特定に関する部分は事実誤認の一環として主張するものであり、第二の五の罪数についてとある部分は職権で考慮されたいという趣旨である旨付陳した。

弁護人の控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は多岐にわたるが、要するに、原判示第二の(一)の覚せい剤の製造、同未遂、第一の(二)の岡田俊一に対する脅迫および第二の(三)の丸山一美に対する強要については、いずれもその証明が十分とはいえないのに、これを肯認した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

よつて、記録および証拠物を調査し当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、関係証拠によれば、以下の事実を認めることができる。

被告人は、博徒住吉連合古光屋一家星野組組長であるが、昭和四八年一月中旬ころ、足利市雪輪町所在の飲食店味山において、丸山一美および岡田俊一と会い、同人らに覚せい剤の製造を依頼し、同人らがこれを承諾して、ここに被告人が資金や塩酸エフエドリン等の原料を提供し丸山らがその資金で薬品類を買い整えて覚せい剤を製造することとなり、以後具体的な研究、実行に移つたものであるところ、被告人は、

一 営利の目的をもつて、原判示第二の(一)の(1) のごとく、岡田、丸山および湧井祐治(星野組組員・代貸)と共謀のうえ、同人らが、足利市八幡町九三番地の九丸山方裏作業所で、あらかじめ被告人から交付された塩酸エフエドリンを用い、その一部を氷酢酸に溶かして、リンドール触媒および過塩素酸を接触させて還元し、さらに触媒をろ別し、残留液を強アルカリ性にしてエーテルで抽出し、塩酸ガスを通じて再結晶させる等の方法により、昭和四八年三月一八日ころと同月二二日ころに覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する粉末合計約四〇グラムを製造し、原判示第二の(一)の(2) のごとく、岡田、丸山と共謀のうえ、同人らが同所で同年四月一七日ころと一八日ころに右と同様の方法により同種の覚せい剤粉末合計約四五グラムを製造した。

二 岡田、丸山と共謀のうえ、同人らが、同所において、被告人から以前に交付を受けていた塩酸メチルエフエドリンを用い、原判示第二の(一)の(3) の(イ)のごとく、その一部を氷酢酸に溶かして触媒等で還元し、強アルカリ性にしてエーテルで抽出し、塩酸ガスを通じて沈澱させ再結晶させる等の方法により、同年四月二〇日ころ覚せい剤原料である一-フエニール-二-ジメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する結晶約五〇グラムを製造し、原判示第二の(一)の(3) の(ロ)、(ハ)のごとく、前記塩酸メチルエフエドリンに水を加え、加熱して溶解させた後、恒温乾燥器にいれて結晶させる等の方法により、同月二五日ころと同年五月三日ころに覚せい剤原料である一-フエニル-二-ジメチルアミノプロパノール-一の塩酸塩を含有する結晶合計約一〇〇グラムを製造した。

三 岡田と共謀のうえ、同人が、足利市通三丁目三五三六番地岡田方で、原判示第二の(一)の(4) の(イ)のごとく、同年五月二五日ころ、ベンジルシアナイドと酢酸エチルをフラスコに入れ、ナトリウムエチラートを補つて加熱し、アセトアルフアフエニルアセトニトリルを生成して、これを硫酸で加水分解し覚せい剤原料であるフエニルアセトンを製造しようとしたが、右硫酸を加えた段階で激しい臭気が発生したところから製造を中断したためその目的を遂げず、また、原判示第二の(一)の(4) の(ロ)のごとく、営利の目的をもつて、同年七月六日ころ、ベンズアルデヒド、ニトロエタン、エチルアルコールの混合溶液にメタノール性苛性カリ液を足し、その溶液を塩酸の中に入れて結晶を抽出し、抽出した結晶に塩酸およびエチルアルコールを加えて溶液とし、その溶液に二つの電極をひたし、これに電流を通ずるいわゆる電解還元の方法により、覚せい剤であるフエニルアミノプロパンを製造しようとしたが、技術未熟のためその目的を遂げなかつた。

四 営利の目的をもつて、原判示第二の(一)の(5) のごとく、岡田、丸山と共謀のうえ、同人らが、前記丸山方裏作業所において、市販のぜん息薬塩酸エフエドリン錠(ナガヰ錠)を水に溶かし、澱粉質をろ別する等して塩酸エフエドリン原末を抽出した後、これを氷酢酸に溶かして、パラジウムブラツクおよび過塩素酸を接触させて還元し、触媒をろ別し、残留液を強アルカリ性にして、エーテルで抽出する等の方法により、同年七月二六日ころから同年九月九日ころまでの間に七回にわたり、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する粉末合計約三五五グラムを製造し、原判示第二の(一)の(6) のごとく、岡田と共謀のうえ、同人が前記岡田方において右と同様の方法により同年九月三〇日ころから同年一〇月一〇日ころまでの間に二回にわたり同種の覚せい剤粉末合計約五〇グラムを製造した。

五 営利の目的をもつて、丸山および亀山嘉郎(被告人の義弟)と共謀のうえ、同人らが、前記丸山方裏作業所において、原判示第二の(一)の(7) の(イ)のごとく、塩酸エフエドリン錠から抽出した塩酸エフエドリン原末を氷酢酸に溶かして、パラジウムブラツクおよび過塩素酸を接触させて還元し、触媒をろ別し、残留液を強アルカリ性にしてエーテルで抽出し、塩酸ガスを通じて沈澱させる等の方法により、同年一二月九日ころから同月二一日ころまでの間に二回にわたり、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する粉末合計約一〇五〇グラムを製造し、原判示第二の(一)の(7) の(ロ)のごとく、前記の覚せい剤を採取した母液に、アルコールと活性炭を加えて脱色し、電熱器で加熱して濃縮し、恒温乾燥器の中に入れて再結晶させる等の方法により、同月二四日ころ同種の覚せい剤粉末約四〇〇グラムを製造し、さらに、原判示第二の(一)の(7) の(ハ)のごとく、塩酸エフエドリン錠を水に溶かし、澱粉質を沈澱させて除去し、苛性ソーダーの水溶液を加えてアルカリ性にし、エーテルを注入し、塩酸ガスを通じて沈澱させる等の方法により、同年一二月二五日ころから同月二八日ころまでの間、覚せい剤原料である一-フエニル-二-メチルアミノプロパノール-一の塩酸塩を含有する粉末約三六〇〇グラムを製造した。

六 営利の目的をもつて、原判示第二の(一)の(8) の(イ)、(ロ)のごとく、丸山、亀山および木村正幸(星野組組員)と共謀のうえ、同人らが、前記丸山方裏作業所において、原判示第二の(一)の(7) の(イ)と同様の方法により、同年一二月二九日ころから翌四九年一月一日ころまでの間に二回にわたり同種の覚せい剤粉末約一二〇〇グラムを製造した。

七  そして、上記期間中の同年六月下旬ころ、足利市山下町四丁目の被告人の借家内で、木村正幸と共謀のうえ、岡田に対し、同人が被告人に前記製造にかかる塩酸メチルエフエドリンを覚せい剤として渡していたことから、被告人において「ヤクだと言つてメチエフを渡すなんてひどいことをする。おれを裏切つたのだからケジメをつけろ。自分でつけられないのならおれがつけてやる。二度と仕事ができないように指を全部落してやる」などと怒号し、続いて、木村正幸において「おやじさん、それじややつてもいいですね」などと言つて、日本刀の柄の様なものを示し、もつてこもごも岡田の生命身体に危害を加えるような気勢を示して同人を脅迫し(原判示第一の(二))、また、被告人は、同年一二月五日ころ、同市五十部町にあるホテルニユーセブンの客室において、丸山に対し、所携の日本刀を示し、「てめい、仕事をやる気があるのかないのか、返事によつてはただではおかないぞ、こうして道具も用意してきているんだぞ」と申し向けて畏怖させ、覚せい剤密造の意思をなくしていた同人をしてやむなく覚せい剤密造の続行を承諾させたうえ同日ころから前記同人方において覚せい剤の密造を行うに至らしめ、もつて同人をして義務なきことを行なわせた(原判示第二の(三))。

以上の各事実を認定することができる。

所論は、原審証人岡田俊一、同丸山一美に対する受命裁判官の各尋問調書および岡田、丸山、安藤高光、青木紘、湧井祐治、木村正幸、萩原寿久、亀山嘉郎、星野治子の検察官に対する各供述調書は信憑性をもたない旨主張するが、これらの調書の記載は具体的かつ詳細で、他の関係証拠とも符合し、同人らがことさらに事実を曲げて被告人に責任を転嫁するために供述を作為しているふしはうかがわれず、また、記録を精査しても、受命裁判官や捜査官の誘導的な取調その他信用性を否定すべき事跡は認められない。のみならず、鑑定人科学警察研究所技官坂井時靖、同東京大学薬学部教授古賀憲司各作成の鑑定書、栃木県警察本部刑事部鑑識課科学捜査研究室技術吏員疋田和夫作成の昭和四九年七月二〇日付および同月二二日付各鑑定書および検査結果回答書(謄本)、同人および同技術吏員白方英昭共同作成の同年六月二九日付鑑定書二通、白方英昭および同技術吏員谷中俊介共同作成の同年五月二五日付鑑定書、同刑事部鑑識課技術吏員山村晃作成の鑑定書(謄本)、警視庁科学検査所第二化学科主事島崎克巳作成の鑑定書(謄本)に、原審第一七回公判調書中の証人疋田和夫、同山本健の各供述記載、同第二九回公判調書中の証人古賀憲司の供述記載、同第二九回公判調書中の証人坂井時靖の供述記載(原判決書にこれらの証人の当公判廷における供述とあるのは、右各供述記載の誤記と解せられる。)等を総合すると、岡田らが行なつた前記の各製造方法はいずれも科学的根拠を有し、当該薬品を使用して当該工程を実施すれば覚せい剤や覚せい剤原料の製造が可能であつたことが認められるのであるから、所論のように右薬品、器具等の入手先が一々具体的に明らかにされていないからといつて、また、製造された覚せい剤等のうち鑑定を経ていないものがあるからといつて、前記認定を妨げるものではない。

なお、所論は、司法警察員雫克己作成の昭和四九年八月一七日付実況見分調書(謄本)、同佐々木隆俊作成の同年九月二六日付実況見分調書(謄本)は岡田あるいは丸山の供述を録取したものであつて、実況見分調書とはいえず、また、司法警室員荒川健次作成の同年五月二四日付捜査報告書(謄本)も供述文書であつて実況見分調書ないし検証調書とはみられないのであるから、被告人側の同意がない以上これらを証拠として採用することはできない旨主張する。

けれども、原審第一九回公判調書中の証人雫克己、同佐々木隆俊の各供述記載によれば、同人らは岡田、丸山方から押収した多数の物件のなかから原判示第二の(一)の(1) の(イ)(ロ)および(2) の(ロ)の製造に使用した器具、薬品類を特定し、これらを点検認識するために岡田、丸山らの指示説明を求め、これを実況見分調書に記載したことが認められる。したがつて、岡田、丸山らの右指示説明は実況見分の手段としてなされたに過ぎずその記載は実況見分と一体をなすものであつて、被疑者および被疑者以外の者を取り調べその供述としてこれを録取したものとは性質を異にするのであるから、右各実況見分調書(謄本)は刑事訴訟法三二一条三項により証拠能力をもつというべきである。

また、司法警察員荒川健次作成の前掲捜査報告書(謄本)および原審第二七回公判調書中の証人荒川健次の供述記載によれば、同人が捜索差押許可状に基づき丸山方裏作業所の捜索差押を実施した際、同所の鉄骨に、チヨークで、月日や数量の表示とみられる文字や数字が記されているのを確認し、その状況を図面に明らかにしたうえ、捜査報告書にまとめたことが明らかであり、その実質は検証ということができる。それゆえ、右報告書(謄本)は刑事訴訟法三二一条三項に準じて証拠能力を有するものと解するのが相当である。

以上のとおりであるから、前述の各実況見分調書および捜査報告書(謄本)が真正に作成された旨の各作成者の証言を得てその証拠能力を肯定した原判決に違法はない。

要するに、原判示第一の(二)、第二の(一)、第二の(三)の各事実は原判決の掲げる関係各証拠を総合すれば、ゆうにこれを肯認することができるのであつて、記録および証拠物を調査し当審における事実取調の結果に徴しても、原判決に所論の事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意中法令の適用の誤りの主張について

論旨は、原判決は判示第二の(一)の各製造行為を包括一罪であるとして昭和四八年法律第一一四号覚せい剤取締法の一部を改正する法律(以下「改正法」という。)による改正後の覚せい剤取締法四一条二項一項一号を適用しているが、改正法の施行期日(昭和四八年一一月一五日)の前後によつて犯罪事実を区分し改正前の覚せい剤の製造、同未遂および覚せい剤原料の製造、同未遂についてはそれぞれ改正法附則七項により改正前の規定を適用すべく、また、改正後にあつても、覚せい剤原料の製造に対する法定刑は覚せい剤の製造に対するものより軽いのであるから当該法条に則つて処罰すべきであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、記録を調査して所論の前提となる原判示第二の(一)の覚せい剤製造等の罪数につき考察するに、この事犯の発端は、前記のとおり、昭和四八年一月中旬ころ飲食店味山において被告人から岡田、丸山両名に依頼、実際の製造行為を委ねたことにあるが、本件製造行為の開始(昭和四八年三月一八日)から終了(昭和四九年一月一日)に至るまでの間、製造の実行行為を担当した共犯者の顔ぶれや組み合せ、製造の場所、方法等に変遷があり、関係証拠によれば、被告人は右の全期間を通じ常にこれらの変遷に対応して、共犯者に対し製造に関する指示督励をなし、資金を提供し、あるいは、岡田(原判示第一の(二))丸山(同第二の(三))を脅迫して製造を再興・継続させるなどした事実が明らかであつて、これらの事情に照らせば、少なくとも製造(未遂を含む。以下同じ。)の場所が異なり、共犯者が異なるごとに、さらには、右のような脅迫が行なわれるたびに、被告人の犯意に断絶ないし更新があり、また、製造の時、方法等を異にすることにより、あるいは、製品が覚せい剤であると覚せい剤原料であるとにより、共犯者の実行行為の内容、態様にも種々の相違が認められる。

したがつて、被告人の以上の事犯は、そのすべてを包括一罪として評価すべきではなく、むしろ原判決が逐一区分して認定判示した各事実ごとに独立した別個の犯罪を構成し、これらは本来すべて併合罪の関係に立つと解するのが相当である(ちなみに、検察官もおおむね原判示第二の(一)の(1) ないし(8) の事実につきそれぞれ新たな起訴状によつて公訴を提起して訴因追加の方法をとつていないところからみれば、もともと併合罪の見解であつたとみられる。)。

以上のように解するときは、本件製造行為の継続中である昭和四八年七月三日に被告人に対する確定裁判(原判示罪となるべき事実冒頭記載)が介在するので、原判示第二の(一)のうち(4) の(イ)以前の分は右確定裁判のあつた罪との関係で刑法四五条後段の併合罪となり、その余の罪はこれらと別個に同条前段の併合罪を構成することになる。また、昭和四八年一一月一五日からは覚せい剤取締法の罰則が改められ(昭和四八年法律第一一四号覚せい剤取締法の一部を改正する法律)、製造に関する刑に変更があつたので、同日以前の行為である原判示第二の(一)の(1) の(イ)ないし(6) の(ロ)については改正前の軽い刑を、同(7) の(イ)以下については改正後の重い刑をそれぞれ適用すべきことになる。

しかるに、原審は、前記のように、これら製造行為のすべてを包括一罪としたため、右のような刑法四五条後段により分断される取扱をすることなく、かつ、その全部について原判決時の覚せい剤製造に対する罰則を適用し一個の刑をもつて処断しているのであるから、原判決には刑法総則中併合罪に関する規定を適用せず、かつ、覚せい剤取締法の罰則の適用を誤つた違法があり、これが原判決中判示第二に関する部分に影響を及ぼすことは明らかである。

けつきよく、論旨は、原判決が覚せい剤取締法の改正前の製造行為に対して改正後の罰則を適用し、また、軽い覚せい剤原料の製造に対して重い覚せい剤製造の罰則を適用した点で違法があるとする限りにおいて理由がある。

検察官の控訴趣意について

論旨は原判決が原判示第二の(一)の(7) 、(8) において覚せい剤および覚せい剤原料の製造を、同(二)の(4) の(イ)、(ロ)においてこれらの所持を認定しているのであるから、右犯罪によつて被告人の所有していた覚せい剤および覚せい剤原料(当判決末尾添付の別紙参照)は覚せい剤取締法四一条の六本文によつて没収しなければならないのに、これを遺脱した原判決は、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

よつて、検討すると、関係証拠によれば、

一  別紙番号1の白色液体は覚せい剤原料である塩酸エフエドリンを含有し、同2および3の薬品は覚せい剤原料である一-フエニル-二-メチルアミノプロパノール-一の塩酸塩であり、同5ないし7の薬品は覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンの塩酸塩であり、同4の褐色固形物、同8ないし11の茶かつ色液体はいずれも覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有し、同13、14および15の一一袋のうちの一袋は覚せい剤である塩酸フエニルメチルアミノプロパンであり、七袋は覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩を含有し、残り三袋および別紙番号16は覚せい剤原料である一-フエニルメチルアミノプロパノール-一の塩酸塩であること

二 別紙番号1ないし3の覚せい剤原料は原判示第二の(一)の(7) の(ハ)の、同4ないし11の覚せい剤は原判示第二の(一)の(8) の、同12ないし14および15のうち八袋の覚せい剤は原判示第二の(二)の(4) の(イ)の、同15のうち三袋および16の覚せい剤原料は原判示第二の(二)の(4) の(ロ)の覚せい剤取締法違反の罪に係り、いずれも被告人の所有していたものであることが認められる。

したがつて、これらの覚せい剤および覚せい剤原料は覚せい剤取締法四一条の六本文により没収されるべきものといわなければならない。もつとも、記録によれば、別紙番号の1ないし12については被告人作成の昭和五二年一二月二四日付所有権放棄書が検察官に提出されている。しかし、覚せい剤取締法四一条の六は、刑法一九条の任意的没収の規定とは別個に、覚せい剤取締法四一条、四一条の二ないし五の罪に係る覚せい剤または覚せい剤原料で、犯人が所有し、所持するものは必ず没収し、例外として犯人以外の所有に係るときは没収しないことができる旨を定めており、このように犯人以外の所有に属する場合にも没収を科し得ることからみれば、単に犯人の所有権を剥奪し、犯人の手中に不法の利益を保持させないようにするにとどまらず、右犯罪禁圧の徹底を期するために物そのものの危険性に着目してその除去を図ろうとする保安処分的性質をも具有し、したがつて、犯人以外の所有に属しないかぎり没収を必要的とした趣旨の規定と解するのが相当である。そして、犯人がその所有する覚せい剤につき警察官に所有権放棄書を差し出したからといつて、その覚せい剤が犯人以外の所有に係るに至つたとはいえないのであるから、所有権放棄書の存在する一事をもつて当該覚せい剤等の没収につき覚せい剤取締法四一条の六本文の適用が排除されるものではないというべきである。

以上のとおりであるから、原判決が別紙記載の各物件の没収を言い渡さなかつたのは法令の適用を誤つたもので、この誤りが原判決中判示第二に関する部分に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

なお、検察官提出の本件控訴申立書によれば、原判決に対し特に部分を限らないで控訴を申し立てたものと認められるので、原判決の全部に対して控訴の申立があつたものとみるべきである。しかるに、検察官提出の本件控訴趣意書には前記のとおり原判決中判示第二に関する部分につき控訴の事由が記載されているにとどまり、同第一に関する部分については控訴の趣意としてなんらの主張も掲げられていないから、この部分に対する検察官の控訴は理由がないことに帰する。

以上に説示したとおりであるから、原判決中判示第二に関する部分は弁護人のその余の控訴趣意(量刑不当)に対する判断をまつまでもなく、破棄を免れない。また、右破棄理由中に前記のように刑法四五条後段の適用を誤つた違法があつてこれが原判決中判示第一に関する部分に影響を及ぼすことが明らかであるから、この部分も当然職権をもつて破棄すべきものと解するのが相当である。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を全部破棄することとし、同法四〇〇条但書により被告事件についてさらに次のとおり判決する。

原判決の認定した罪となるべき事実に法律を適用すると、被告人の判示第一の(一)の(1) 、(3) ないし(5) 、第二の(二)の(1) ないし(3) の各所為は昭和四八年法律第一一四号覚せい剤取締法の一部を改正する法律附則七項による改正前の覚せい剤取締法四一条一項四号、一七条三項に、判示第一の(一)の(2) の所為は同法四一条の四第一項六号、三〇条の七に、判示第一の(一)の(6) の所為は同法四一条の四第一項八号、三〇条の九に、判示第一の(二)の所為は刑法二二二条一項、罰金等臨時措置法二条、三条、刑法六〇条に、判示第一の(三)の所為は昭和五二年法律第五七号銃砲刀剣類所持等取締法の一部を改正する法律附則三項による改正前の銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第一号、三条一項に、判示第二の(一)の(1) 、(2) 、(5) 、(6) の各所為は改正前の覚せい剤取締法四一条の二、四一条一項三号、一五条一項、刑法六〇条に、判示第二の(一)の(3) の各所為は改正前の覚せい剤取締法四一条の四第一項七号、三〇条の八、刑法六〇条に、判示第二の(一)の(4) の(イ)の所為は改正前の覚せい剤取締法四一条の四第三項、一項七号、三〇条の八、刑法六〇条に、判示第二の(一)の(4) の(ロ)の所為は改正前の覚せい剤取締法四一条の二、四一条三項、一項三号、一五条一項、刑法六〇条に、判示第二の(一)の(7) の(イ)、(ロ)、(8) の各所為は改正後の覚せい剤取締法四一条二項、一項二号、一五条一項、刑法六〇条に、判示第二の(一)の(7) の(ハ)の所為は改正後の覚せい剤取締法四一条の二第二項、第一項六号、三〇条の八、刑法六〇条に、判示第二の(二)の(4) の(イ)の所為は改正後の覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項に、判示第二の(二)の(4) の(ロ)の所為は同法四一条の三第一項三号、三〇条の七に、判示第二の(二)の(4) の(ハ)の所為は麻薬取締法六六条一項、二八条一項に、判示第二の(三)の所為は刑法二二三条一項にそれぞれ該当する。そして、判示第二の(二)の(4) の(イ)ないし(ハ)の所為は一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も重い判示第二の(二)の(4) の(イ)の罪の刑で処断することとし、判示第一の各罪、第二の(一)の(1) ないし(3) 、(4) の(ロ)、(二)の(1) ないし(3) の各罪については所定刑中懲役刑を、判示第二の(一)の(5) 、(6) の各罪については所定刑中懲役刑および罰金刑を、判示第二の(一)の(7) 、(8) の各罪については所定刑中有期懲役刑および罰金刑をそれぞれ選択する。なお、被告人は昭和四六年一二月一〇日東京地方裁判所において賭博開張図利、覚せい剤取締法違反の罪により懲役一年八月に処せられ、右判決は昭和四八年七月三日確定しているが、刑法四五条前段および後段によれば、判示第一および第二の(一)の(1) ないし(4) の(イ)の各罪と右確定裁判のあつた罪とは併合罪であり、判示第二の(一)の(4) の(ロ)ないし(三)の各罪はこれとは別個の併合罪の関係に立つ。

そこで、同法五〇条によりまだ裁判を経ない判示第一および第二の(一)の(1) ないし(4) の(イ)の各罪についてさらに処断することとし、同法四七条本文、一〇条により刑および犯情の最も重い判示第二の(一)の(2) の(イ)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役三年に処する。そして、判示第二の(一)の(4) の(ロ)ないし(三)の各罪については懲役刑につき同法四七条本文、一〇条により刑および犯情の最も重い判示第二の(一)の(7) の(イ)の犯罪事実一覧表(第二表)番号2の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、罰金刑につき同法四八条二項により判示第二の(一)の(5) (6) (7) および(8) の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期および金額の範囲内で、被告人を懲役一八年および罰金五〇〇万円に処する。さらに、同法二一条により原審における未決勾留日数中七〇〇日を右懲役刑に算入し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、別紙記載の物件は判示第二の(一)の(7) の(ハ)、(8) および(二)の(4) の犯罪に係るものであるから、前記の理由により覚せい剤取締法四一条の六本文により没収し、刑事訴訟法一八一条一項本文により原審における訴訟費用は被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡村治信 裁判官 林修 裁判官 新矢悦二)

別紙(没収物件)〈省略〉

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